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2026.06.29
レポート
世界三大広告賞「カンヌライオンズ2026」3日目レポート:POSを命綱に、危機を味方に

毎年6月に南フランス・カンヌで華々しく開催される世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」。会期中は、数百にも及ぶ講演やセッション、活発なネットワーキングイベントに加え、権威あるカンヌライオンズ賞の授賞式が執り行われます。今年も、ガリアーノインスピレーションズ代表の阿部光史が、特に注目する作品群をご紹介します。
(文:阿部光史)
暑い。本当に暑い。
現地では強烈な日射しが照りつけている。カンヌの街で日傘を差している人なんて、自分を含めて2人くらいしか見かけない。そう、僕は日傘を差し始めた。人の目なんて気にしてられない。しかし他の参加者は、日射しをものともせず、皆元気に歩いている。彼らはこの灼熱の太陽が平気なのだろうか。
そんな海外勢のタフさに圧倒されながら、カンヌライオンズは3日目を迎えている。
豪華CMO陣のセッション。その熱気から「引き算」して見えたもの
最初に向かったのは、カールトンホテルのルーフトップで開催されたLinkedIn主催のセッションだ。
Winning the AI Discovery Era: Marketing To Minds and Machines
登壇者:OpenAI、Google、JPMorganChaseのCMO陣など
会場は立ち見が出るほど超満員で、参加者の関心の高さがダイレクトに伝わってくる。「消費者の行動がLLM(大規模言語モデル)に大きな影響を受けている。竜巻がやってくる。ではどうするか」という刺激的な問いが、各登壇者に投げかけられた。
しかし、期待値と人気の割には、語られた具体策が薄かった、というのが正直な印象だ。聞こえてくるのは「組織に変革が必要だ」といった、綺麗にパッケージされた抽象論やお題目ばかり。前日のOpenAIのセッションでも似たような文脈のフレーズを耳にしていた。
ともすれば自社プラットフォームへ誘導したいという「我田引水」がなんとなく伝わってくる。そこから冷静に引き算をしてみると、彼らが煽る「竜巻」の大きさに比べ、マーケターが明日から使える打ち手はあまり提供されなかったような印象が残った。まぁ時にはそんなセミナーもあるのです。
AIがくれる「暇(ダウンタイム)」と、失われる「訓練の場」
そんなモヤモヤとした霧を晴らしてくれたのが、次に向かった『Future Gazers(未来を見つめる人)』の3日目セッションだった。Amazon Ads: のShilpa Maniar氏らの話は、ポジショントークを引き算した後でも、鋭い本質が残るエキサイティングな内容だった。
「AIは人間から、ゼロから生み出す苦しみや、定型的な繰り返し作業を奪い去ってくれる。つまり、人類史上最大の『ダウンタイム(余白・暇)』が生まれる」Shilpa Maniar氏
自動化の量で勝負する時代は終わり、これからの競争優位性は、「どんな明確なビジョンを持ち、最後のジャッジを下せるか」という人間の判断力にシフトする。AIというコパイロット(副操縦士)は、もはや「指示を出す道具」ではなく、僕たちの下に付く「専門家チーム(Crew)」になり、人間はそれを率いる監督(Architect)になるのだ、と語っていた。「コード(技術)はキャラクター(人格・哲学)に変わる」という言葉には強く頷かされた。
しかし、ここでクリエイティブディレクターとして、僕のなかにひとつの深刻な問いが浮かび上がった。「これからの若い世代は、その『判断力』をどうやって培えばいいのだろう?」
AIの出す打率3割?の提案に対して、僕たち年配のCDが「これはいける」「これはボツだ」と瞬時にジャッジを下せるのは、過去に泥臭く生みの苦しみを味わい、数え切れないほどのボツ案を出し、失敗の打席に立ち続けてきた経験という「筋肉」があるからだと思う。
もし、最初からAIが綺麗に整えてくれた選択肢を前に、朝からコーヒーを飲みながらYes/Noのボタンを押すだけの仕事しか経験しなかったとしたら、若い世代のプロとしての判断力や審美眼、キャラクターはどこで育つのだろう。
効率化の裏で、クリエイティブの「訓練場」が失われている可能性がある。今まさにこれが問われ始めている気がしてならない、という感想を持ったセッションだった。
Snapchat SPECS(ARグラス)を体験
セッションの合間に、Snapchat主催のパビリオンで最新のARグラス「SPECS」を体験してきた。
体験のステップはシンプルだ。まず自分の顔写真を撮影される。その後メガネを渡されて部屋に入り、著名なポートレート画家の作品を順に鑑賞する旅に出る。
ARグラスが絵画を認識すると、絵の表情が動いたり、立体的に動くなど、デジタル上の変化が現れる。中盤からは、描かれている人物の顔が、いつの間にか最初に撮影された「自分の顔」にジェネレートされ始める。
まるで偉大な画家に自分の肖像画を描いてもらったかのような、不思議で贅沢な体験だった。強烈な日差しの下で、心地よい箸休めとなるデモだった。
状況をトランスフォームし、人々を「参加」させる力
ではグランプリを2つ紹介しよう。本日発表されたグランプリ作品からは、まさに午前中のセッションが示唆した「人間の判断力(ビジョン)」と、「状況をトランスフォームして人々を動かす力」を証明する、素晴らしい事例を紹介したい。
Creative Data Lions Grand Prix
SOS POS
CIRCUS GREY, LIMA / BCP / 2026
ペルーでは毎日4,000台以上の携帯電話が盗まれており、デバイス内の銀行口座からお金が引き出される深刻な治安問題が存在している。最大手銀行のBCPは口座ブロックのための緊急ダイヤルを用意していたが、「そもそもスマホを盗まれているので電話がかけられない」という致命的な矛盾に直面していた。
彼らが下したジャッジは、「消費者救済のために、既存のインフラをトランスフォームする」ことだった。街の小さなお店に必ず置いてある「POS決済端末」に着目し、独自のAPIでBCPの銀行システムと連携。スマホを盗まれた被害者は、近くの商店のPOS端末に国民IDと暗証番号を打ち込むだけで、一瞬にして口座をロックできるようにしたのだ。
審査員長が「データを使ってデータを守った。日常の決済端末を命綱に変えた」と絶賛した通り、4か月で盗難被害報告は半減(48%減少)、約780万ドルの資産が守られた。
既存のインフラの見立てを「地域の人を守るシェルター」へとトランスフォームした、見事な施策である。
The PR Lions Grand Prix
The KitKat Heist
VML, LONDON / KITKAT / 2026
イースター(チョコレートの最大商戦期)前の3月、KitKatはイタリアからポーランドへの輸送中に12トン(41万3,793本)もの製品が丸ごと強盗に強奪されるという、絶望的なサプライチェーン危機に直面した。
従来のPRであれば、いかに傷を最小限に抑え、メディアから隠れるかという「引き算の危機管理」を行うのが鉄則だろう。しかし、彼らはその逆境を、世界中を巻き込むポジティブなお祭りのモーメントへとトランスフォームさせた。
まず、ブランドのトーンを活かしたユーモラスでミーム化しやすい声明をSNSに投下して世界的な大注目を集める。その上で、一般の消費者が購入したKitKatのロット番号をチェックして「それが盗品かどうか」を確認できるインタラクティブツール『The Stolen KitKat Tracker』を瞬時にデプロイしたのだ。
これによって、何百万もの受動的なユーザーが「アクティブな探偵」へと変貌し、ゲーム感覚で購入が促進されただけでなく、実際に警察の捜査へつながる有力な手がかりまでもがもたらされた。
結果として、メディア予算ゼロで2億2400万ドル以上のアーンドメディアバリューを叩き出し、検索は600%以上アップ。審査員長は「彼らはリスクを排除するのではなく、クリエイティビティでコレオグラフ(振り付け)した。最大の危機のなかにこそ、ブランドの最高の瞬間が隠れていることを証明した」と評している。
明日からはいよいよ後半戦
3日目を終えて見えてきたのは、AIがコンテンツ制作や実務を圧倒的に支えてくれる時代となっても、最後にバリューを生むのは「今ある最悪の状況や、既存のインフラの意味をゴロッと変えてしまう(トランスフォームする)」人間のビジョンと判断力だということ。いや~勉強になりますのよ。
明日からはカンヌも後半戦。さらに深い気づきを求めて、会場に飛び込んで来ます。
阿部光史
クリエイティブディレクター / コピーライター
株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO
東京工芸大学非常勤講師
クリエイティブディレクター / コピーライター / CMプランナー。株式会社ガリアーノインスピレーションズCEO、東京工芸大学非常勤講師。広告キャンペーンの企画制作をメイン業務としつつ、クリエーティブなアイデア・発想力についての講義やワークショップを大学等で行っている。電子工作にも造詣が深く、SXSWへの出展などを通じてイノベーティブな技術領域の企業プロトタイプ製作支援も行う。
X: @galliano
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