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2022.09.16
コラム | 地財探訪
伝統石工「雄勝硯」について知財情報から探ってみた【地財探訪 No.7】
本コラムは、地域の財産である「地財」を探訪するものである。全国の「伝統的工芸品(*)」の歴史を紐解きながら、関連する知財権情報と合わせて紹介していく。(知財権:特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権)
(*) 伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年3月18日現在)
例えば特許情報には、職人の拘りや後世へ伝えたい想いなどが隠れているかもしれない。本コラムを通じ、数百年以上の歴史がある「地財」である伝統的工芸品の新たな魅力を発掘していきたい。現代に生きる者として、先人が遺した知的財産を更に後世へと伝えていく姿勢が大事と考えるためである。
地財探訪第7弾は宮城県「雄勝硯(おがつすずり)」。
歴史を振り返りながら知的財産情報を探り、後半では関連分野の特許情報も参考にしつつ、硯以外の雄勝石の用途についても探っていく。(過去のコラム:第1弾 青森県「津軽塗」、第2弾 沖縄県「琉球びんがた」、第3弾 秋田県「大館曲げわっぱ」、第4弾 岩手県「南部鉄器」、第5弾 福井県「越前和紙」、第6弾 愛知県「常滑焼」)
01 雄勝硯の概要
「雄勝硯」は、宮城県石巻市雄勝町にて作られている硯である。黒色硬質粘板岩の一種である雄勝石(玄昌石)を材料とし、光沢のある漆黒さや均一な石肌が特徴的。雄勝硯には約600年の歴史があり、伊達政宗公の墓からも発掘されている。そして東日本大震災の津波被害を受ける以前は、学童用硯の9割を雄勝町にて生産していた。
雄勝硯の製造工程は、大きく分けて6工程ある。山の上での石の採掘「1.砕石」に始まり、「5.磨き」にて鋒鋩(ほうぼう:微細な凹凸)が形成され、雄勝石に「雄勝硯」としての命が吹き込まれる。鋒鋩が砥石の役割を担うことで、きめ細やかな墨が ”おりる" こととなるのだ。鋒鋩の粗さや鋭さは墨の出来を左右し、定期的な「磨き」によって、半永久的に1つの硯を愛用することが可能となる。
各写真の出典:雄勝硯生産販売協同組合HP
滑らかな曲線を有する雄勝硯は、美術品としての鑑賞にも耐える。曲線は平ノミ、丸ノミといった複数種類のノミを駆使することで生まれ、黒光りする雄勝石の魅力を一層引き立てている。
東北経済産業局HP より引用
02 雄勝硯の特徴
雄勝石(玄昌石)は「剥離性」に優れる。
微細凹凸(鋒鋩:ほうぼう)によって「きめ細やか」な墨となる。
大地の恵み(石)をそのまま活用することから「自然との共生」「自然美」といった意味合いを纏う。
雄勝硯生産販売協同組合HP より引用
03 知財出願情報からみる雄勝硯
「雄勝硯」:商標登録第5727126号(地域団体商標)
出願日:2014.9.30 登録日:2014.12.19 J-PlatPat リンク
商標登録第5727126号
「雄勝硯」は、地域団体商標として商標登録されている。これは雄勝において室町時代から職人が積み上げてきた硯作りの歴史を通じ、地域ブランドとして信用が認められたことを意味する。そして雄勝硯は今や宮城の代表的なブランドとなり、材料である雄勝石は、テーブルウェア等の用途も多く開発されている。
雄勝石でできたお皿(筆者撮影)
<参考>
日本弁理士会が支援した「雄勝硯」に係る地域団体商標出願が登録査定!|日本弁理士会
「雄勝の濡れ盃」:商標登録第5939790号
出願日:2016.10.07 登録日:2017.4.14 J-PlatPat リンク
商標登録第5939790号
雄勝石の用途として「盃」が開発され、「雄勝の濡れ盃」として商標登録されている。雄勝石は難削材であり機械加工が難しいところ、キョーユー株式会社による精密加工技術を駆使することで、冷酒用酒器「雄勝の濡れ盃」が誕生した。東北大学堀切川教授らによる産学官連携の成果であり、株式会社こけしのしまぬき から販売されている。
雄勝の濡れ盃|株式会社こけしのしまぬき HP より引用
04 特許情報からみる雄勝硯の周辺技術
最後に、雄勝硯の材料である雄勝石(玄昌石, 粘板岩)が関連する特許情報を紹介する。先人が試行錯誤した痕跡たる特許情報には、思いもよらぬ新たな用途が隠されているかもしれない。
【個人】特許第3285397号:水琴窟
出願日:1992.10.27 登録日:2002.3.8 J-PlatPat リンク
特許第3285397号 図1
日本庭園に用いられる水琴窟(すいきんくつ)の発明である。水琴窟とは、排水機能を有するとともに、地中の空洞内に水滴を落とすことによる反響音を楽しむことができる仕掛けである。本発明は、水受鉢1と蓋2の構成に特徴があり、石積石3として玄昌石が使われている。具体的には不明だが、もしかしたら、玄昌石の特性によって空洞内の反響音に良い影響があったのかもしれない。
【0017】・・・また、石積壁3は、玄昌石を使用して良い結果を得たが、これに限らず種々のものを使用することができる。(特許第3285397号)
【パナソニック】特許第5457295号:天然石目調面材の製造方法
出願日:2010.7.27 登録日:2014.1.17 J-PlatPat リンク
特許第5457295号 図1
アクリル樹脂等である透明樹脂層4の裏側に板状天然石5が一体化した面材1についての発明である。面材1は、床や壁等の住設建材用部材として活用できる。板状天然石5は天然石の塊石2から剥離され、塊石2は玄昌石が好ましい旨が記載されている。
【0013】
本実施形態において、原料となる天然石の塊石2は、剥離して板状形状をなす石である。この天然石としては、砂岩のような砂の粒子で出来ている石は比較的剥離し難いため、層状に構成されている石、剥離性を有する石など、例えば玄昌石が好ましい。この天然石の塊石2は、得られる面材1の配設形態に応じて適宜の形状に裁断加工されていてもよい。例えば、図1では平面視矩形状に裁断加工されており、これによって複数の面材1を規則正しく配設することができる。(特許第5457295号)
【岡村竹材】特開2021-65442:葬祭用具
出願日:2019.10.24 J-PlatPat リンク
特開2021-65442 図1(左) 図2(右)
祭壇1等の葬祭用具に対し、湾曲させた板状の粘板岩11を活用する発明である。粘板岩は剥離性を備え、薄板上に加工できることに着目して発想された。本発明による葬祭用具によれば、粘板岩の表面模様が強調されることで、より自然な雰囲気を醸し出すことができるとのことである。
【あとがき】雄勝硯を知財情報から探ってみて
日本を代表する硯「雄勝硯」について、その歴史を学びながら知的財産権の情報を調べてみました。産学官連携によって開発された「雄勝の濡れ盃」は、地元企業による精密加工技術によって、雄勝石に新たな命が吹き込まれたという事例。雄勝石の特性や歴史を活かした品であるとともに、多くの知によって生まれた至極の一品だと感じました。
伝統的工芸品は、その機能的価値だけでなく、歴史を通じた情緒的な価値がある唯一無二のもの。それは、その地域や日本にとって代替できぬ「地財」であり、後世へと伝えていきたいものです。
2012年に復元工事を終えた東京駅丸の内駅舎には、雄勝石で作られたスレート(屋根材)が用いられています。出荷直前の2011年3月には津波被害に見舞われるも、雄勝の方々の尽力によって、約4万5000枚のスレートが瓦礫の中から取り出されました。
東京駅丸の内駅舎(筆者撮影)
そして東京駅丸の内地下南口には、雄勝石絵「輝く」が設置されています。「雄勝石復興プロジェクト(HP)」を通じて、雄勝石絵作家「齋藤 玄昌實」さんが原画を監修し、2012年に雄勝の小学生達によって制作されたものです。(108枚の雄勝石を活用)
雄勝石絵「輝く」(JR東京駅 丸の内地下南口にて筆者撮影)
JR東京駅 丸の内地下南口。案内図左下「現在地」付近にて筆者撮影(2022年8月)
齋藤さんによる過去の特許出願内容(*)にも表れているとおり、「輝く」の石肌は金や銀など様々な色の顔料で彩られています。
(*) 特開2000-233600, 出願日:1999.2.16, 発明の名称:玄昌石の石肌を使った玄昌石絵 J-PlatPat リンク
東京駅を訪れた際には是非一度足を運び、雄勝の歴史、そして赤富士に満天の星が表現されたアート作品「輝く」を感じてみて下さい。
こちらは雄勝硯伝統産業会館 職員の方へのインタビュー動画です。被災当時、東京駅舎向けスレートの回収に尽力された方でもあり、震災当時の状況や今後への思いを語ってらっしゃいます。
宮城県石巻市を訪れた際には、雄勝硯伝統産業会館(HP)へと足を運んでみてはいかがでしょうか。復興や伝統の伝承に向け、私達にもやれることはあるはずです。
参考情報
豊かな里山と海、それが雄勝町の魅力であり資源です。|雄勝硯生産販売協同組合
雄勝石復興プロジェクト
仙台人図鑑 第37回 齋藤 玄昌實さん(12/17放送)|J:COMチャンネル ご当地人図鑑 Youtube チャンネル
ライティング:知財ライターUchida
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