No.918

2024.09.30

光を当てることで物質を冷やす「半導体光学冷却」

光で冷える半導体

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概要

「光で冷える半導体 “半導体光学冷却”」とは、光を照射することで半導体の温度を下げる研究。発光効率の高い半導体材料の1つである「ハロゲン化金属ペロブスカイト」を用いて、形状や光の当て方を調整し、光を使った冷却に成功した。従来の主な冷却方法である冷媒やコンプレッサーを使わず、物理的に孤立した状況にある物質でも冷やすことができ、熱を逃がす必要もない。技術進展により、無冷媒無振動による新たな冷却手法・デバイスの開発や、熱を光に変換して輸送する新たなエネルギー利用の仕組み構築などが期待されている。

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なぜ生まれたのか?

光で物質を冷やす従来の「光学冷却」の研究をもとに、技術を発展させた。固体による光学冷却は、発光効率がほぼ 100%の希土類イオンを分散させた結晶ですでに実現している。ただ希土類材料は、光の吸収率が小さく冷却限界があるため、冷却デバイスに用いるのは難しいと考えられてきた。また半導体による従来の光学冷却の研究では、発光効率を100%に近づけることが難しく、冷却が可能な水準には達していなかった。

そうした中、高い発光効率を持つペロブスカイトの「量子ドット」(直径 10nm 以下の小さい結晶)が、新たな材料として注目されるも、壊れやすく、大気暴露や継続的な光照射ですぐに発光効率が下がるという課題があった。そこで研究チームは、量子ドットをペロブスカイト結晶中に埋め込んだ「ドットインクリスタル」の形状に着目。独自に結晶を作製して、光学冷却の実証に至った。

なぜできるのか?

ペロブスカイト構造を持つ材料の採用

光を吸収しやすいペロブスカイトの構造を持つ、ハロゲン化金属ペロブスカイトを材料に用いた。発光効率の高い半導体材料で、シリコンを使わない次世代太陽電池やLEDなどの発光デバイス材料として期待されている。発光とは、物質が光のエネルギーを受け取って高エネルギー状態になり、元の状態に戻るときに光を放出する現象を指す。放出されなかったエネルギーは物質内に熱として留まり、温度上昇の原因となるが、ハロゲン化金属ペロブスカイトは、受け取った光で効率よく発光できる。

「アンチストークス発光」の活用

照射した光よりも高いエネルギーを光で放出する「アンチストークス発光」の現象を用いている。アンチストークス発光では、入射した光のエネルギーに自身の熱エネルギーを足して発光するため、物質内の熱エネルギーが失われて、温度が下がる。ハロゲン化金属ペロブスカイトは、結晶を構成するイオン・原子の熱振動(フォノン)と電子の相互作用(電子-フォノン相互作用)が強く、アンチストークス発光が起きやすいという性質を持つ。高い発光効率とアンチストークス発光の組み合わせで、光学冷却を実証した。

ドットインクリスタル形状の材料作製

材料作製には、丈夫で高い発光効率が維持されるドットインクリスタルの形状を採用した。ペロブスカイト結晶中に量子ドットを埋め込むもので、壊れやすさや大気暴露などで発光効率が下がるといった課題の解消につながる。2024年の実証実験では、CsPbBr3 という組成のペロブスカイト量子ドットを、Cs4PbBr6 の結晶の中に埋め込んだ構造(CsPbBr3/Cs4PbBr6)のドットインクリスタルを作製。発光効率の高い部分だけを選択的に光照射するため、マイクロサイズの結晶を作り実験に用いた。実験では、複数のマイクロ結晶で光による冷却を観測。併せて、照射した光エネルギーの密度が高くなりすぎることで光加熱が起きる「オージェ再結合」による光学冷却の限界も明確にした。

相性のいい産業分野

製造業・メーカー

大規模データセンターなどで使える環境に優しい冷却デバイスの開発

IT・通信

スマートデバイスの冷却に活用しパフォーマンス向上や延命を実現

環境・エネルギー

太陽光発電システムに搭載して冷却と発電効率向上を実現

医療・福祉

MRIやCTなどの医療機器の冷却に活用

航空・宇宙

宇宙探査機・衛星・宇宙ステーションなどの冷却システムに活用

この知財の情報・出典