Pickup

2020.03.25

コラム | 知財図鑑コラム

旧帝大スーパー卒論7選

rectangle large type 2 a16c3125198be599866e76faaada5691.png?width=800

はじめまして、知財ハンターのオダカです。春光うららかな季節となりました。卒業シーズンは大学生にとっては卒業論文(卒論)を発表する季節でもあります。

卒論とは精魂が込められた研究成果で、中には今すぐにでも企業や社会の役に立つ情報が含まれることも多々あります。しかし大学や学会の枠を飛び越えることは少なく、ソーシャルメディアでのシェアも乏しいことに気づきました。

ということで、今回はミレニアル世代の大学生が書き上げた卒論から「これは社会から一目置かれるべきだ!」と注目した卒論を7つご紹介します。

選定基準
・インターネット上で公開されており、本記事媒体での公表が可能なもの
・旧帝国大学(*1)の研究室に配属された大学4年生が書いたもの
・他分野への波及効果やプロジェクト化が見込めるもの
(*1)北海道大学・東北大学・東京大学・名古屋大学・京都大学・大阪大学・九州大学の7校の大学の総称

1. 環境保護政策を総合分析する"天秤"をつくる

【何をした研究?】
再生可能エネルギーを促進する政策において、「力を入れるべきは、研究開発補助金か?それとも排出税・化石燃料税か?」などを判断することは重要ですが、各々の政策は個別に評価されてきました。それゆえに、これらの政策が複数同時に実行されたらどうなるのかは分かっていませんでした。一方、この卒論では、政策を実行した際にシステム全体がどのように変化していくかをシミュレーションすることで政策の影響分析を行います。方法として、ゲーム理論の均衡概念に基づく均衡分析と、均衡に至るまでの時間発展を見るためのマルチエージェント強化学習(*2)による仮想実験を用います。

【どんな成果?】
強化する政策の組み合わせによっては、再生可能エネルギーからの電力量が増加から減少に転じてしまうことが分かりました。

【知財ハンターの視点】
複数の政策間の相互依存関係が整理できるため、単純にこの政策を進めればOKのようなボトムアップ的な判断でなく、政策Aに力を入れたら政策Bからはちょっと手を抜いてもいいだとか、こっちで規制しすぎるとあっちで逆効果だとか、トップダウン的な判断やメタ分析ができそうです。

(*2)複数いるエージェントが、それぞれ自身の選んだ行動に応じてもらう報酬を最大にすべく行動規則を逐次変化させるような仕組み。

2. 「演奏者の求める楽器」づくりを目指して

【何をした研究?】
フルートの材質の違いと吹く人の感じ方の関連性を検証した実験研究です。30人の演奏者に対して6本の異なるフルートを渡して演奏させ、回答フォームから吹奏感と音色に関する主観データを集めます。これらのデータに対し一元配置分散分析(ANOVA、3つ以上の標本の平均を比較する統計分析)を使うことで統計的有意差があると判定します。では何が原因で違いを感じているんだ?ということで、実験参加者の演奏を録音して周波数解析したり、フルートの壁の振るえ具合いを計測したりします。

【どんな成果?】
演奏者は、演奏音の音響分析には現れない何らかの要因により、材質の違いをわずかに感じているらしいということが実験的に明らかになりました。

【知財ハンターの視点】
「芸能人格付けチェック」というテレビ番組をご覧になったことがあるでしょうか?芸能人が高級品と安物を見分けるクイズに挑戦し、正解不正解に応じてランクが変動していくというバラエティ番組です。例えば、10億円のストラディバリウスと100万円の一般的なヴァイオリンの音色を区別する問題で、出演者は案外区別を誤るのですが、正解発表のとき、演奏者の人にインタビューしている場面があるんですね。演奏者の人たちは口を揃えて「弾き心地が明らかに違う」と言う訳です。こちらの研究では、こういった演奏者本人にしか分からない違いの原因を探ることがなされています。主観・客観両方のデータを取得する努力が伺えるとともに、さらなる実験を計画されていることから、執筆者の方の楽器・音づくりへの溢れる情熱を感じました。

3. 交通の危険予測モデルをつくる

【何をした研究?】
交通事故を防ぐには、位置・速度・車載カメラから撮った視界画像などの観測情報をもとに、「サッカーボールが転がってきた → そこの角から子供が飛び出して来るかもしれない」といった潜在的な危険を予測することが重要です。これまでの研究では、観測情報を定性的な表現に変換してしまうことで定量的な情報が抜け落ちてしまい、危険の予測が難しい状況でした。この卒論では、新しく2つの概念を融合することで、先行モデルを拡張しました。
①BDIモデル(*3)
②物理シミュレーション


【どんな成果?】
情報が抜け落ちてしまう問題を克服し、拡張モデルの有用性を示しました。


【知財ハンターの視点】
予測というと、とにかく機械学習を多用する印象がありますが、このような物理モデル(Physics-Based)も有用だと思います。自動車とは別の分野ですと、写真から物体の位置や形状を理解する分野、コンピュータビジョンでも、物理モデルがまだまだ重宝されるようです。推論+物理シミュレーションの融合モデルによって、安心安全な自動運転車の開発が実現するといいですね。


(*3)BDIモデル(Belief-Desire-Intention model):信念・願望・意図という心的状態に基づき目的を選択し、その目的を達成すべく行動決定を行うような、エージェントベースドモデル。

4. ヒツジをめぐる冒険?

【何をした研究?】
コリデール品種という、牧場にいるマイナーなヒツジに70時間以上張り付いて行動パターンを観察した事例研究です。具体的には、ヒツジの年齢と個体間距離との関係、年齢と反芻(一度飲み込んだものを口の中に戻し、また噛んでから飲み込む)時間との関係が調査されています。また、各ヒツジの何メートル圏内には他のヒツジが居ることはない、などのヒツジ間の暗黙のパーソナルスペースも観察しました。
観察場所:神戸市立六甲山牧場
観察期間:2018年10月3日~12月13日(内19日間、総観察時間71.5時間)
観察対象:10頭の雌ヒツジ(未成熟2頭、成体8頭)

【どんな成果?】
距離の近いヒツジは年齢も近い、年齢が上がるにつれて反芻の時間が長くなる、ヒツジたちがパーソナルスペースを持つ、といったことが分かりました。

【知財ハンターの視点】
私が中高時代通った母校のある六甲山が舞台だったため超絶な親近感を覚えてチョイス(もはや私情都合ですが)。著者は1日につき1頭を4時間も追跡したそうです。予備観察の期間から離乳期前のヒツジを追いかけており、これらの赤ん坊ヒツジは研究期間中に成長し離乳しています。こんな風に著者が個人的に好きな研究対象に夢中で向き合っている研究は読んでいて楽しいです。研究の合間に六甲山牧場のソフトクリーム食べたのかなあ。

5.「頭でっかち」でないコンピュータをつくる

【何をした研究?】
AIが人間の知識を扱うためには、膨大な知識のデータベースに問い合わせる「頭でっかち」なアプローチだけでは限界があると言われています。知識は言葉(自然言語)で構成されており、状況や文脈に応じて変化する意味を推し量る必要があるからです。先行研究でよく使われていた「形式論理」という数学的アプローチは頭でっかちであり、意味の推論に向いませんでした。例えば「ほとんど」といった程度を表す副詞を含む文章から意味を推し量るのが苦手でした。一方この卒論では、「自然論理」という言葉の意味を理解することに適したアプローチを研究しています。例えば「ほとんどの鳥は飛ぶが、ペンギンは飛ばない。」という文から「ペンギンは鳥である。」と推論するような、曖昧な領域にチャレンジしています(*4)。


【どんな成果?】
「ほとんど」という程度を表す言葉からも、意味の推論を実践できました。


【知財ハンターの視点】
こういった成果によって、「たぶん」「そのうち」などの曖昧な表現に関しても、推論ができるようになると考えられます。すると、読解力のある「賢い」コンピュータをつくることができるかもしれません。賢いコンピュータは、大学入試の現代文(二度と受けたくないですが)を解くにあたり受験者に必要とされるような能力を持ちます。つまり、文章のテキストと問題の選択肢のテキストを比べて、単語数などの表層的情報ではなく、意味が一致するかどうかを推論できるのです。そのため、プロジェクト「東ロボくん」(ロボットは東大に入れるか)の目指すようなコンピュータや、行間をうまく読み取って親身に相談に乗るカウンセラーとしての活躍が期待できるでしょう。


(*4)これを含意関係認識(Recognizing Textual Entailment ; RTE)といいます。近年になってRTEに関する研究が盛んになってきており、英語だと、共通の評価データを用いたワークショップが開かれRTEが進歩してきています。一方で、日本語ではそのような評価データが開発途上段階であり、今後の研究コミュニティの発展が期待されます。

6. 小鳥の群れの仕組みを探る

【何をした研究?】
小さな鳥たちが群れになって、まるで大きな怪物のように飛ぶのを、一度は見たことがあるのではないでしょうか?こういった鳥たちの群れをコンピュータ上で再現するのに、マルチエージェントシステム(複数の意思決定主体から構成されるシステム)というシステムを組むことがなされてきました。ところが従来の研究では、このシステムを用いたシミュレーションのみに留まりがちで、妥当性に欠ける弱みがありました。机上で作ったモデルが、現実的に観測される群れという現象をうまく説明できていない可能性があったのです。この原因は、主観的・恣意的な前提が置かれたトイモデル(単純化されたモデル)が使われたり、実測したデータの取得が難しかったりするためでした。

一方、この卒論では、ホシムクドリの群れ行動の実データに基づく群知能シミュレーションを行います。具体的には、各シミュレーションステップ毎に遺伝的アルゴリズムを適用して、エージェント間の角度分布・方向の異なり具合のパラメータを算出します。これにより、①従来の仮説について検証を行い、②方向の異なり具合の創発(システム全体を見ると、構成要素の総和以上の複雑なふるまいが見られる現象)が合理的に説明できるかどうかを検討します。


【どんな成果?】
集合行動する対象が「自然な群れ」なのか「群れに見えるが実際は分離した集団」なのかを客観的尺度で判定し、群れが自己組織化現象であることを実証しました。


【知財ハンターの視点】
Boidモデル(個々は3つの単純な行動規則に従うだけなのに全体としては複雑なふるまいを創発させる"鳥もどき"の群れモデル)のデータドリヴン研究として論理的だと思い、チョイスさせて頂きました。論理構成が理路整然としていて、読んでいて気持ちが良かったです。

7. 大阪移民ワールド

【何をした研究?】
研究対象地域である大阪市中央区南部のエスニック(民族的)ビジネスの現状をインタビュー調査などを駆使して見える化した事例研究です。対象地域は、韓国・朝鮮系、中国系、タイ系のエスニック系施設の混在した地域で、この地域のエスニック集団に関して業種や業態を比較分析しています。


【どんな成果?】
小売やサービス業の事業所について、韓国系は北部、中国系は南部に多く分布していることや、中国系のサービス業が同胞向けに集積していることなどが分かりました。


【知財ハンターの視点】
従来の研究にありがちなやり方だと、一つの国にフォーカスを当てがちですが、こちらの研究ではメタ視点に立って業種や地理的分布などの様々な切り口から民族間の比較を行っており、今後の社会科学研究にとって非常に有用な資料になると思います。こういった事例研究と、Twitterのつぶやきや位置情報データとをつなぎ合わせて、民族の空間分布や棲み分け、見えない社会的孤立や疎外をデータドリブンで見える化できれば、より一層実証的で面白くなっていく余地があるのではないかと思いました。加えて、地価や各地域から生み出される経済効果、SNSでアップされる該当地域の画像情報などと合わせて分析すれば、民族ごとの"熱気"がリアルタイムに予測でき、事業所配置の最適化や、人的つながり構造の安定性(日本人事業主との折り合いも含め)の考察につながるのではないかと思いました。

まとめ

旧帝大7校のスーパー卒論について、概要と私の感想を書かせて頂きました。血と汗と涙の滲んだ素晴らしいものばかりでした。7人の著者の方々へ記事として書かせて頂いたことへの感謝を申し上げるとともに、皆様のますますのご活躍を祈願します。もしこの記事を読まれた方(著者本人含め)で、記事の間違いに気づかれた方がいらっしゃったら、編集部までご連絡下さい。ご感想もお待ちしております。

今回ご紹介したもの以外にも、卒論の中には事業化・政策立案・製品開発といった発展可能性を秘めつつも、社会からアクセスされない論文が数多く存在していると思います。もしそんな卒論をご存じの方がいらっしゃれば、ぜひ知財図鑑のお問い合わせフォームから投稿してください。自薦他薦は問いません。課題と研究、研究と研究を相互に繋げ、新しい価値を創造することができるかもしれません。

Text:小髙充弘(Konel Inc. / 株式会社知財図鑑)

広告