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2025.01.14
レポート | 体験レポート
【CES 2025】知財ハンターがダイブした、「TOMORROW IS ALREADY IN MOTION」シンギュラリティの兆候
米国ラスベガスで毎年開催される世界最大級のテクノロジー見本市「CES2025」に参加してきた。知財ハンターとしては2023年にも参加したが、今年の「CES2025」は当時と比べて圧倒的に参加人数も多く、世界各国のテクノロジーが交差し、産業分野と国境を越えて活発なフィードバックが飛び交っていた。会場の盛り上がりは、経済が高度に成長を始めて以降、皆が描いていたような未来がほぼそこまで来ていると言わんばかりに、AIによって生成された様子のキービジュアルに「TOMORROW IS ALREADY IN MOTION」のキャッチフレーズを冠した今年の「CES2025」は、シンギュラリティの到来に向けて秒読みが始まっている期待感に包まれていた。(取材/文・出村 光世)
AIがもたらす全産業の進化
予想に反することなく、AIに関する話題は膨張を遂げていた。ロボット、ウェアラブルデバイス、Webサービス、家電、モビリティ、エネルギー。AIの関与がアピールされない産業は無く、同時にAIの台頭によるディストピアに警鐘を鳴らす様子を目にすることもなかった。
特に大きな展示会場を用意していたSUMSUNGは「AI for ALL」を掲げ、ホームデバイス同士が安全につながり、人々の生活をより豊かに発展させる未来を提示していた。
マシンからロボットへ
会場を歩き回っていると、元来「マシン」として扱われていたプロダクトをロボット化する、という意気込みを感じる場面が多くあった。センサーや情報処理基盤の性能が向上し、AIが知能をもたらすことで、マシンが判断し、行動をデザインすることが可能になってきているからだ。それらの開発が大きな資本を持つ一部の企業にとどまることなく、スタートアップにもロボティクスにチャレンジできる裾野が広がっていることが、良い傾向だと言える。
そういった世界的な潮流の中、日本のスタートアップの挑戦が目立っていた。
■Mi-Mo
大きな注目を集めていたのが、メルカリで生成AI担当役員を務めた石川佑樹氏が設立した株式会社Jizaiが発表した、「カスタマイズできる汎用AIロボット”Mi-Mo(ミーモ)”」。高度な映像解析技術を用いて外界の状況をリアルタイムに分析し、人に働きかける六つ足のかわいいロボットだ。
ヘッドに備わるライトのような部分は表情を伝えるインターフェースとなり、ユーモラスに動く足は、家庭に転がる障害物も容易に跨いで移動できる優れものだ。なにより、人にも動物にも似通わないデザインが可愛らしく感じられる点が、人とロボットの共生を楽しくイメージしていく上で重要な示唆を与えていた。
Mi-Moは開発者向けの実験環境を公開することを発表し、研究を自社に閉じず多様なパートナーとの関係の中で機能の発展を目指していく戦略を取っている。知財図鑑も共創に積極的に関わっていきたい。
■Tri-Orb BASE
Tri-Orb BASEは、ロボットとしての発展を遂げている輸送マシンだ。代表の石田秀一氏が大学時代、産総研での研究を経て開発を続ける「球駆動式全方向移動機構」は、360度縦横無尽にスムーズな移動を実現しているが、このモーションが実に未来的であり、SF世界を彷彿とさせるような可愛げがあり、個人的にはこれに椅子を組み合わせることで、オフィス中を徘徊したい欲求に駆られてしまった。
もちろん、ただ可愛いだけではない。球体を用いた移動は効率面でも実用的で、現在は工場内のモノの輸送に焦点を当てており、ものづくりの現場をより進化させることに貢献している。技術的には球体の構造に加え、同社開発のVisual SLAM技術を用いることで、ロボットは周囲の環境を高精度に認識し、環境地図を構築する。4方向の5つのカメラを使用することで、位置推定の精度が格段に向上し、正確で安全な移動を実現している。企業としても積極的に資金調達を進めているTri-Orb社のグローバルでのチャレンジに期待が集まる。
■LeeePro
日本発のスタートアップ・トコシエ社が開発を進めているベルトコンベア型3Dプリンタ「Leee」は、3Dプリンターとベルトコンベアを組み合わせることで、理論上無限に3Dプリンティン造形物を長く出力できるマシンとして人気を博していた。3Dプリントは通常、長物の成形以外にも、プリント後に完成品を退けて次の3Dプリントをスタートさせる動作が必要だが、「Leee」はベルトコンベアを組み合わせることで24時間出力を続けることが可能になっている。
さらにAIによる映像・画像の認識を組み合わせることで、ある段階でエラーが起きたとしても、エラー状況を人に通知したり、エラーした対象だけを自動で不良品として弾き出す処理を行うことができ、3Dプリント生産におけるオートメーション化を一段先に進めることが期待されている。
クリエイター各位は、LeeeProを使って、「世界一長い◯◯」をつくってみる企画をしてみてはいかがだろうか。
五感に直接働きかけるデバイスが体験可能なフェーズへ
Apple Watchをはじめとし、ウェアラブルデバイスはすでに日常生活に浸透しているが、その多くがセンシングによるライフログの分析などに偏っているのが実態だ。一方で今回のCES2025では、実際に身体を通して五感に働きかけるウェアラブルプロダクトが数多く発表されていた。
■エレキソルト
CES2025初日の公開に先駆けて、メディアに対してひと足先に選りすぐりのプロダクトが紹介される「CES Unvailed」というメディア向けイベントで、最も注目を集めていたであろうプロダクトが、キリンホールディングスと明治大 宮下芳明研究室が共同で開発に取り組む、電気の力で塩味やうま味を増強するデバイス「エレキソルト」だ。
薄味の食べ物の塩味を舌の上で増強するために電極を搭載したプロダクトであり、すでに日本でも実証実験やデバイスの予約・抽選販売が進んでおり、知財図鑑としても追いかけてきたテクノロジーだ。
CES2025ではデモンストレーションとして、海を渡って日本から減塩ラーメンスープが持ち込まれ、世界中のメディアや参加者がエレキソルトで味わいの増強を体験できるイベントが開催されており、電気の力で減塩スープの塩味が増強される実体験に驚きの声が発せられていた。例に漏れず私もその一人となった。実際に薄味のラーメンスープが適度な塩味に持ち上げられており、美味しく完食させていただいた。
キリンの歴史の中でも「飲み物」「食べ物」ではないプロダクトの事業化に挑戦しているのはエレキソルトが初めての例であり、大企業の新規プロジェクトとして目が離せない。今後も知財図鑑として深くインタビューを重ねていく予定だ。
■ドコモ FEEL TECH
NTTドコモが取り組む、「触覚」を記録したり、他者へ共有することができる技術プロジェクト「FEEL TECH」はJAPAN TECHエリアでも力強く発信されていた。慶應大学大学院 Embodied Media Project(研究室主宰者=南澤孝太教授)、名古屋工業大学大学院 Haptics Labと共同で推進されている同プロジェクトは、距離を越えて触覚を伝達するための半球型デバイスや、さまざまな味を調合できる味覚デバイス、手を引っ張る感覚を伝えるデバイスなどが注目を集めていた。
その中でも興味深かったのは、人による感覚の違いにアプローチしていた点だ。「Human Augmentation Platform(人間拡張基盤)」は、感覚の個人差に着目し、そのギャップを埋めてお互いの感覚を理解することを目指している。たとえば、母親が子供の味覚を感じたり、日本人がインド人の味覚を感じたりすることで、相手に応じた調理の最適解を模索できる未来が訪れるだろう。他人の感覚だけでなく、年齢とともに変化する自分の感覚にも対応していける余地を感じる。こういった感覚の共有技術に、前述のエレキソルトのような調整デバイスが組み合わされることで、美味しさだけでなく健康対策や相互理解が深まる新たな食体験が実現されていくだろう。
■Elcyo
バッテリーや情報処理基盤の小型化が進む中で、実用化のスピードが上がっているのがアイウェアデバイスだ。今年のCESでも、どの会場でも必ずメガネ型デバイスを目にするほど、アイウェアの市場競争が活発になっている。どのデバイスも、一般的なメガネに比べると、やや重量感が気になる点は否めないが、実際に装着してみると体験の質は年々スムーズになっていることを感じる。
アイウェアデバイスの多くがARやAIエージェントとの対話をアピールする中、日本のスタートアップElcyoは「オートフォーカス」に特化したメガネを追求しており、参加者から高い期待を得ていた。
同社の開発する「オートフォーカスグラス / Elcyo Glasses」は、液晶を複数の層に重ね合わせ、電子的に制御することで視力を調整することができる。大阪大学の研究から発展したこのプロダクトは、時間とともに目が悪くなってしまう人に対し、その時の視力に適した矯正を届けることで目の負担を軽くし、視力の低下速度を緩めることにも貢献できそうだ。
中長期的な視力低下だけでなく、一日の中でも視力調整を行うことを推奨している点が興味深かった。たとえば視力0.1の人がメガネをかけて1.2の視力を得られる場合、そのままPCのディスプレイを見て作業することは「見えすぎて」目に大きな負担がかかるという。裸眼で1.2の視力を持つ人は、ディスプレイを見る時には0.8くらいの視力に水晶体が調整してくれるそうだ。Elcyoは場面に合わせて矯正する視力の調整が可能であり、目の負担を軽減することが期待されている。
ちなみにElcyoが出展していたJAPANパビリオンは、各国の新技術が集結する「Eureka Park」内でも中心地に位置し、連日人通りが絶えなかった。(知財図鑑が出展したideaflowのブースにも朝から晩まで引っ切りなしにグローバルな参加者が集まってくれた)同じエリアでも閑散としているブースがあることを踏まえると、JETROをはじめ日本のスタートアップを支援するチームはとても重要な役割を果たしていると実感した。
JAPANパビリオン 出展企業一同による記念撮影。
パートナーシップによる未来実装
大企業による発表も例年通りCESを大きく賑わしていた。各社、気合の入ったキーノートを大きな会場で繰り広げ、中でもNVIDIAは大物アーティストクラスの集客力で、新たな製品発表に人気を博していた。
中でも今年は「パートナーシップ」に焦点を置いたプレゼンテーションが力強く、印象に残った3つのキーノートを共有したい。
■DELTA
100周年を迎えるデルタ航空のキーノート会場は、なんとラスベガスの巨大球体型アリーナ「Sphere」での開催だった。世界的に有名な音楽アーティスト「Anyma」が年末年始に連日満席クラスのショーを繰り広げる半天球型のLEDに囲まれた会場は、通常は入場するだけでも優に100ドルを超えることが多いが、CESのキーノートで入場の場合は全て無料で開放されたため、CESの会場内にチケット引換の長蛇の列が続出していた。
そんな先端的で最も人気のある会場「Sphere」で行われたスピーチは、来場者をファンに変えてしまうほどの力強いインパクトを帯びていた。
全面LEDの視覚効果や座席の振動機能をうまく利用し、さながら飛行機に乗っているかのような演出の映像体験で会場を一体化させ、中心のステージに注目を集めつつ、最初のハイライトは「功労者」へCEOが直接感謝を伝えると言うセッションだった。1万人以上の大観衆が見守る中、女性初のパイロットをはじめ、様々な個人がスポットライトを浴びる瞬間には、関係者でない私でも涙腺がゆるむ感覚があった。
© 2025 Delta Air Lines, Inc.
© 2025 Delta Air Lines, Inc.
そのような「人」を大切にするデルタが続けて発表していったのが、キープレイヤーとのパートナーシップだ。
機内コンテンツではYoutubeと、Uberとのマイル連携による空陸モビリティの融合、ハブ空港から近隣のローカル空港へのラストワンマイルをJoby Aviationとの提携で円滑にし、未来型の航空機をAIRBUSと開発していき、それらをテクノロジーを軸に統合していく様が美しく表現されていた。
またステージには各社のCEO/CXOクラスが登壇し、強固な関係性が表現されていた。Uberとの共同発表の時間には、Uber Eatsのバイクが壇上にドリンクを届けたかと思うと、会場中に甘い香りが充満し、客席にも配達員がドリンクを振る舞うといった4DXな演出も観客を湧かせていた。
■SONY
大企業がひしめくLVCC会場の中でも、一際洗練された雰囲気でらしさを出していたのがSONYだ。キーノート自体も自社の会場で行われ、多くのメディアが駆けつけていた。中でもパートナーシップの観点で期待が集まったのが、HONDAとの共同事業であるSONY HONDA Mobilityによる「AFEELA 1」の予約開始だ。先端テクノロジーが集結するだけでなく、そのデザイン性の高さからすでに多くのファンがついているAFEELAが、ついに手に入る段階に突入した。価格はAFEELA 1 Originが8万9,900ドル(約1420万円)からで、日本国内では2026年内の納車を予定している。
また、エンターテインメント領域においては、人気ゲーム「Ghost of Tsushima」のアニメシリーズ化を発表した。本作はCrunchyroll、アニプレックス、ソニーミュージック、PlayStation関連チームとの共同制作となり、パートナーシップの広がりを伝えた。
■TOYOTA
トヨタは豊田章男会長が自ら登壇し、静岡県裾野市で計画している実証都市「Woven City」の第二フェーズの幕開けを宣言した。基礎的なインフラを整えた第1フェーズが正式に完了し、2025年秋以降、いよいよ住民の移住が始まる。最初の段階では、トヨタの社員やその家族を含む約100人のローンチののち、その後、社外のInventorsやその家族に拡大し約360人が生活をスタートさせる。将来的にはトヨタのOB/OG、小売業者、科学者、学者、起業家、産業パートナーまで住民の幅を広げ、約2,000人まで人口を拡大する予定だ。
2025年以降、新しいアイデアを持つスタートアップや個人を支援するピッチコンテストが開始される予定で、資金支援や研究施設の提供などを通じて、新たな発明の実現を後押ししていく。さらにWoven Cityには航空機を収容できる規模のラボラトリーが設立され、エアモビリティの研究開発が進行していく。スタートアップやクリエイターとの新たな関係構築の加速が期待される。
描いていたモビリティが実現へ
新たなモビリティのあり方が、あちこちでアピールされる中、ひときわ強いインパクトをはなっていたのが中国XPENG社の「AEROHT」だ。eVTOL(電動垂直離着陸機)、つまりヘリコプターのように滑走路を必要としない小型エアモビリティが、折りたたまれて車の荷台にぴったりと格納される様式が展示されていた。すでに注文が3,000台を越えており、CES 2025のキャッチフレーズ「TOMORROW IS ALREADY IN MOTION」を体現していた。1975年の大阪万博で未来予測として描かれていた、個人がいつでも空を飛べるような体験はもうそこまで来ている。
進歩と課題のハーモニーは生み出せるのか
全日程を終え、あらためてCESの影響力を感じた。「締め切りは最大の友」というフレーズを耳にすることもあるが、各国のテクノロジストや企業がCESの締め切りに向かって心血を注ぎ、一同に会することには、未来への進歩を着実に早める効果がある。しかしテクノロジーの進化に心を踊らせるだけではいけない。AIやロボティクスの進化に伴う社会の変化は何か、ディストピアではなくユートピアに近づいていくために、人間は、明日何をすべきなのか。テクノロジーが集結する場であるからこそ、イシュー(=課題)に関する議論がもっと行われる場が欲しいと感じた。
その理由の一つは、企業が環境配慮に言及する面積の小ささだ。もちろん、太陽光発電事業者などのエネルギー関連産業には環境の文脈が付随しているが、多くの場合「何が新しくできるようになるのか」ばかりフォーカスが当たり、「どう実現するのか」のプロセスの透明性に注力するケースは少なかった。なかでもパナソニックは、環境に関する取り組み実績を大きく打ち出しており、そのリーダーシップには大きな拍手を送りたいが、どうしても会場全体の「NEW合戦」な雰囲気の中では、異質側に回る難しさがあった。
もちろん、テクノロジーの進化に冷や水をかけるような必要性は全くないし、環境の観点が地味なわけでもない。環境だけでなく、AIに関する倫理、文化の多様性保持、さまざまな課題が存在するいま、これらのアジェンダが前向きに議論できる場作りに、人間のクリエイティビティを発揮していきたいと強く願う。
CES 2025 メディア/知財ハンター
出村光世 Mitsuyo Demura
Konel 代表 / プロジェクトデザイナー
知財図鑑 代表 / 知財ハンター2011年アクセンチュアに所属時にクリエイティブ集団Konelを創業。東京、金沢、京都、ベトナムを拠点とし、30職種を超える異能のクリエイターと、デザイン・研究開発・アートの領域を横断するプロジェクトを推進。2020年、イノベーションメディア「知財図鑑」を立ち上げ、新規事業とテクノロジーのマッチングを開始。クリエイティブディレクター/プロジェクトデザイナー/知財ハンターとして分野を超えた未来実装を続けている。